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横浜地方裁判所 昭和54年(手ワ)221号 判決 1983年1月28日

原告

有限会社

岡本商事

右代表者

岡本成雄

右訴訟代理人

稲田寛

小島敏明

被告

財団法人

神奈川霊園

右代表者

久保田繁太郎

右訴訟代理人

佐々木黎二

猪山雄治

松井宣彦

相原英俊

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する昭和五四年六月三〇日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙手形目録記載の裏書の連続する約束手形二通(以下「本件各手形」という)を所持している。

2(一)  被告(理事長は中出米蔵)は、本件各手形に拒絶証書作成義務を免除して裏書(以下「本件各裏書」という)をした。

(二)  右中出米蔵(以下「中出」という)が本件各裏書書に先立ち昭和五三年四月四日開催された理事会の決議により被告の理事を解任されたものであるとしても、本来、理事会の招集権者は理事長たる中出であり(被告の寄付行為二一条)、また、役員の解任については当該役員に弁明の機会を与えなければならない(同一六条)のに、右理事会は、中出理事長反対派の理事によつて中出に連絡することなく密かに開催され、かつ右解任決議は中出に弁明の機会を与えることなくなされたものであるから、右決議は無効であつて、中出は、本件各裏書当時、被告の理事長たる地位を有していたものというべきである。

(三)  仮に中出の解任が有効であるとしても、被告は中出のした本件各裏書につき民法一一二条の類推適用によりその責を負うものというべきである。即ち、

右(二)のとおり、被告は瑕疵ある手続により中出を解任したものであるが、原告は中出の理事解任を知らないで被告に融資したものであり、中出は被告の代表者として被告の印及び理事長の印を所持していたのであつて、原告が中出の解任を知らなかつたことに過失はないのであるから、被告は中出が被告の理事長としてなした本件各裏書につき責を免れないものというべきである。

3  原告は、本件各手形をその満期に支払場所に呈示した。

よつて、原告は被告に対し、手形金四〇〇万円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和五四年六月三〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は否認する。

被告は、本件各裏書に先立ち、中出を昭和五三年四月四日解任し、同月一一日理事解任の登記を了しているのであつて、中出は右裏書当時被告の理事長ではなかつた。

(二)  同2(二)の事実のうち、被告の寄付行為に原告主張の各規定が存すること及び中出解任の理事会が理事長たる中出により招集されたものでないことは認めるが、その余は否認する。

右理事会の開催請求は、昭和五三年三月下旬ころ、中出を除く全理事がなし、その開催通知は、当時中出が行方不明であつたので同人の妻に口頭で通知し、同人を除く全理事が出席して理事会が開催されて中出解任の決議がなされたのである。即ち、

被告は、昭和五三年三月ころ、再建のための資金を必要としていたところ、その導入先について、中出理事長のみが久保田家石材商店からの導入を、他の全員の理事が帝都建設からの導入を主張し、意見が対立していた。右事情のもとで理事会が開催されると、多数決により、資金導入先について中出の主張が通らないことが明白であつたため、中出は同年三月一一日以降横浜市中区尾上町所在の被告の事務所から被告の印及び理事長の印を持ち出し、右事務所に出勤せず、かつ連絡もとれない状況を作つた。そこで、中出を除く全理事は、右状況の継続により被告の業務に支障をきたすことを回避するため、理事会を開催することとし、理事会開催の一週間前ころ右開催の通知を中出の妻にしたうえ、たまたま出勤してきた中出に対し解任の理由を告知し、同年四月四日中出を除く全理事が出席して理事会を開催し、全員一致の決議により中出を解任したのである。

右のとおり、理事長たる中出と他の理事との意見が完全に対立し、中出は所在不明になつていたのであるから、このような場合にまで理事長の招集によらなければ理事会が開催できないとするのは難きを強いるものであつて相当ではなく、かかる場合には他の全理事の合意によつて理事会を招集し得るものと解すべきである。したがつて、前記理事会の決議は有効なものというべきである。

(三)  同2(三)の事実のうち、中出が被告の印及び理事長の印を所持していたことは認めるが、その余は否認し、原告の法律上の主張は争う。

前記のとおり、被告は、昭和五三年四月四日中出につき理事解任の決議をし、同月一一日その旨の登記を了したのであるから、同日以降は中出の理事解任をもつて第三者に対抗し得るのである(民法四六条二項)。したがつて、本件については民法一一二条の規定を類推適用する余地はないというべきである。

仮に右規定が類推適用されるとしても、登記等の調査を怠つた原告には過失がある。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1及び3の事実(原告が本件各手形を所持していること及び原告がこれをその満期に支払場所に呈示したこと)は当事者間に争いがない。

二そこで、以下もと被告の理事長であつた中出のなした本件各裏書の効力につき判断する。

1  中出の法的地位(理事長資格)について

<証拠>を総合すれば、被告の理事は理事長たる中出を含めて七名であるところ、昭和五三年三月ころ被告は資金の導入を必要とする状況に立ち至つており、その導入先等をめぐつて理事長たる中出と他の理事との間に意見と利害の対立が生じ、中出は同年三月中旬以降横浜市中区尾上町所在の被告の事務所から被告の印と理事長の印を持ち出し、右事務所に出勤しなくなつたうえ、他の理事との連絡もとれない状況を作つたこと、そこで同年三月下旬、中出を除く理事六名は被告の業務を継続するため、やむなく全員一致の意見により本件理事会の開催を決定し、中出の妻に対し電話で右開催通知をしたうえ、同年四月四日中出を除く全理事が出席して本件理事会を開催し、中出は弁明の機会を放棄したものとして中出の弁明を聞くことなく、全員一致で中出の理事解任を決議し、これを中出の妻に電話で告知するとともに、同月一一日その旨の登記を了したことが認められる。

証人中出忠宣の証言及び原告代表者本人尋問の結果中右認定に反する供述部分はたやすく措信し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

(一)  本件各裏書当時における中出の地位

右認定の事実によれば、中出は、本件各裏書をした当時、被告の理事を解任され理事長たる地位を喪失していたことが明らかであるから、中出をもつて解任決議のなされていない正当な理事長であるとする請求原因2(一)の主張は失当である。

(二)  中出解任決議の効力

被告の寄付行為によれば、理事会の招集権者は理事長とされており(寄付行為二一条)、かつ理事を含む役員の解任については予め当該役員に弁明の機会を与えなければならないものとされている(同一六条二項)のに、本件理事会が理事長たる中出によつて招集されたものでないことはいずれも当事者間に争いがなく、また中出の理事解任につき同人の弁明を聞いていないことは前認定のとおりである。

しかし、寄付行為の右規定をもつて、理事会の招集権者たる理事長自身が他の全理事と意見の対立をきたし、団体の印と理事長の印を持ち出して連絡もとれず、弁明も聴取不能となるが如き異常な事態の出現をも想定して定められたものと解することはできない。そして、そもそも団体はその目的に副う社会的活動を行うために存在するものであつて、理事会の招集開催や役員の解任はその手段方法にすぎないということに鑑みれば、理事たる中出が他の全理事と意見の対立をきたして事務所から被告の印と理事長の印とを持ち出し連絡も取れない状況を作り出したという前認定のごとき場合には他の理事の全員一致の意見により理事会を招集開催することができ、また弁明聴取不能な状態を自ら招来した当該役員の弁明を聞くことなくその解任決議をなし得るものと解するのが相当である。したがつて、前認定の状況のもとになされた本件理事会の招集開催及び中出解任の決議は適法有効なものというべきであるから、請求原因2(二)の主張も採用することができない。

2  民法一一二条の類推適用について

被告は、法人の理事につき解任の登記がなされた以上、もはや民法一一二条の表見代理の規定を類推適用する余地はない旨主張する。

なるほど、民法四六条一項八号は法人の理事の氏名、住所を登記事項とし、同条二項は登記事項は登記をしなければ第三者に対抗し得ない旨規定しているが、右規定自体から直ちに民法上の法人の理事につき解任の登記がなされれば、いかなる場合においても表見代理の規定の類推適用が排除されるものと解さなければならないいわれはなく、理事解任の登記がなされた場合であつても表見代理の規定は類推適用されるが、この場合には商業登記に関する商法一二条の規定が類推適用され、第三者が理事解任の事実を知らなかつたことにつき正当の事由を有する場合にのみ表見代理が成立するものと解するのが相当である。蓋し、表見代理の制度は取引の安全を目的とするものであるから、理事の解任登記がなされたことの一事をもつてこれを排除すべき必然性が招来されるものということはできないが、民法上の登記はいささかも表見代理の成否に影響を及ぼさないと解するのは相当ではなく、商法一二条が商業登記に付与している効力は登記の一般的効力として、理事の解任登記がなされた場合における表見代理の成否にも類推適用されるものと解すべきである。

そこで、表見代理の成否につき検討するに、<証拠>を総合すれば、原告代表者は中出から本件各手形による金融の依頼を受け、中出が被告の理事長を解任されたことを知らないで、右手形による融資に応じたものであること、別紙手形目録一記載の手形の振出人たる株式会社中出商会及び同目録二記載の手形の振出人たる日本企業株式会社は、いずれも中出の子である中出忠宣が代表取締役に就任している会社であつて、右各手形の振出については中出自身と右忠宣の両名が個人として振出の保証人になつていること、並びに原告は本件各手形による融資に関し被告の事務所を訪れたり、他の理事と折衝したりしたことは一度もなく、横浜市磯子区磯子町所在の中出の自宅に赴き中出ないし忠宣と折衝して融資したものであることが認められ、右認定を左右する証拠はない。

右認定の事実をもつては、原告が中出の理事解任登記を知らなかつたことにつき正当の事由を有するものとすることはできないし、他にも右正当の事由を認めるに足りる証拠はないから、請求原因2(三)の主張も採用することができない。

三以上の次第で、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (浅香恒久)

手形目録<省略>

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